採用は、欠員を埋める作業ではなく事業の方向を定める仕事
社会起業、福祉事業、NPOの現場では、「人が足りないから採用する」という場面が少なくありません。業務量が増えた、退職者が出た、新しい事業を始めたい。そうしたきっかけで求人を出すこと自体は、もちろん必要です。ただし、採用を急ぐほど、募集要項に業務内容を並べ、資格や経験を確認し、条件が合えば採用するという流れに偏りやすくなります。
その結果、入職した人が「思っていた仕事と違った」と感じたり、既存の職員が「なぜこの人を採用したのか分からない」と戸惑ったりすることがあります。これは、応募者や職員の意識が低いから起こるのではありません。採用の前に、事業者側が「何のために、この役割が必要なのか」を十分に言葉にできていないことが原因である場合があります。
必要から事業をつくり、希望につなげる。そのためには、採用も事業の一部として考えなければなりません。誰かを雇うことが目的なのではなく、利用者、家族、地域、そして働く人が、どのような状態に近づくための仲間なのかを明確にする。採用の出発点は、求人票ではなく、事業の必要を見直すことです。
最初に整理したいのは「何人必要か」より「何を実現したいか」
採用計画を立てるとき、最初に人数や勤務時間から考えることがあります。しかし、人数だけを決めても、役割が曖昧なままでは採用後の混乱を防げません。まずは、次の四つを整理してみることをおすすめします。
一つ目は、利用者や地域に対して、どのような変化を生み出したいのかです。福祉であれば、支援を提供することだけでなく、その人が自分らしく暮らすこと、家族が孤立しないこと、地域との接点を持てることなど、事業が目指す状態を考えます。子育て支援なら、預かりの場をつくるだけでなく、保護者が安心して働くことや、子どもと家庭が地域から切り離されないことも含まれるかもしれません。
二つ目は、その変化を生むために、現在の組織に何が足りないのかです。人手が足りないのか、専門性が足りないのか、外部とつなぐ力が足りないのか、記録や業務改善の仕組みが足りないのか。同じ「採用したい」でも、必要な人材像は変わります。
三つ目は、採用しない場合に何が起こるのかです。業務が滞る、管理職が現場に入り続ける、支援の質を保てない、新しい相談を受けられないなど、具体的に考えます。ここを明確にすると、採用が単なる拡大志向なのか、本当に必要な投資なのかを見分けやすくなります。
四つ目は、その役割を一人に背負わせすぎていないかです。現場支援、営業、広報、採用、事務、地域連携を一人の「理想の人」に求めると、求人は魅力的に見えても、実際には過重な役割になります。業務を分ける、優先順位を決める、外部の力を借りる。採用の前に、組織の構造を整える視点が必要です。
理念を掲げるだけでなく、日々の判断に翻訳する
社会起業やNPOの採用では、「社会課題を解決したい人」「福祉に関心がある人」「地域に貢献したい人」といった表現が使われます。こうした言葉は大切ですが、抽象的なままでは、応募者と組織がそれぞれ別の意味で受け取ってしまいます。
理念を採用に生かすには、日々の判断に翻訳することが必要です。例えば、利用者の希望と安全面の懸念がぶつかったとき、組織はどのように考えるのか。効率を上げることと、一人ひとりの話を聴くことが両立しにくいとき、何を優先するのか。地域との連携を重視すると言うなら、忙しい時期にも外部との対話をどのように確保するのか。こうした問いへの答えが、理念を現場の行動に変えていきます。
面接でも、「理念に共感しましたか」とだけ尋ねるのではなく、「これまで、相手の希望と組織の都合が合わなかったとき、どのように考えましたか」「正解が決まっていない状況で、誰に相談し、何を基準に判断しますか」といった問いにすると、価値観の重なり方を確認しやすくなります。
大切なのは、同じ経験や同じ考えを持つ人だけを集めることではありません。異なる背景を持つ人がいても、判断の土台を共有できることです。社会課題は複雑で、単一の専門性だけでは解決できません。福祉の専門職、地域活動の担い手、子育ての経験者、事務や広報に強い人、AIなどの技術を扱える人。それぞれの違いを生かしながら、何のために働くのかを共通言語にしていくことが組織の力になります。
選考で見るべきなのは、完成された人材より学び方と対話の姿勢
人材採用では、資格、職歴、実績など、確認しやすい情報に目が向きます。専門性や経験は重要ですが、社会起業の現場では、それだけで活躍できるとは限りません。社会課題に関わる仕事は、状況が変わり、利用者の希望も、地域との関係も一つひとつ異なるからです。
そこで見たいのが、分からないことを分からないと言えるか、相手の話を聴いて考えを更新できるか、失敗や違和感を共有できるかという姿勢です。もちろん、これらを短い面接だけで完全に見極めることはできません。だからこそ、質問の答えだけで判断せず、複数の職員と対話する機会を設ける、実際の業務を具体的に説明する、可能な範囲で職場の雰囲気や一日の流れを知ってもらうなど、相互理解の場をつくることが大切です。
採用する側も、良いことだけを伝えないことです。忙しさ、判断に迷う場面、記録や事務の負担、チーム内で意見が分かれることがある点などを説明する必要があります。現実を伝えることは、応募者を減らすためではありません。入職後に「聞いていた話と違う」と感じる可能性を下げ、納得して選んでもらうためです。
また、採用を一度の合否で終わらせない視点も有効です。今の役割では合わなくても、別の業務や将来の協働の可能性がある人もいます。採用できなかった人との関係を大切にすることが、地域や専門職とのつながりにつながる場合もあります。社会課題に向き合う組織にとって、人との関係は採用枠の内側だけに存在するものではありません。
入職後の最初の三か月で、組織への信頼は大きく変わる
採用に成功したかどうかは、入職日では決まりません。働き始めた人が、役割を理解し、質問でき、自分の仕事が事業の目的につながっていると感じられるかどうかが重要です。そのためには、入職後の受け入れを「現場の誰かに任せる」だけにしないことが必要です。
まず、最初の時期に知るべきことを整理します。事業の目的、利用者や家族との関わり方、記録や情報共有の方法、困ったときの相談先、判断してよい範囲、チームで決めること。これらを一度に説明するのではなく、段階的に確認できるようにします。業務マニュアルがあっても、それだけでは十分ではありません。なぜその手順があるのか、例外が起きたときにどう考えるのかを伝える必要があります。
次に、定期的な対話の時間を設けます。短い時間でも、「困っていることはあるか」「想定と違ったことは何か」「できるようになったことは何か」「次に何を学びたいか」を確認します。これは評価のためだけの面談ではなく、組織側が採用時の説明や受け入れ方を見直す機会でもあります。
さらに、質問しやすい空気をつくることです。分からないことを質問した人が、能力不足だと思われる組織では、問題が表に出るまで時間がかかります。福祉や子育て支援の現場では、情報共有の遅れが利用者や家族への支援に影響する可能性もあります。相談、報告、振り返りを習慣にすることは、職員を守るだけでなく、事業の質を守ることでもあります。
AIやデジタルツールを導入する場合も同じです。効率化を期待して導入するだけでなく、誰が何を確認するのか、個人情報をどう扱うのか、最終的な判断を誰が担うのかを組織で共有する必要があります。技術は人の代わりに責任を引き受けてくれるものではありません。人が対話し、判断し、支え合うための道具として位置づけることが重要です。
続く組織をつくるには、採用と同じくらい「離れ方」も考える
採用に力を入れる一方で、退職や異動について語ることを避ける組織があります。しかし、どのような人でも、生活環境や体調、価値観、キャリアの変化によって働き方を見直す時期が来ます。人が離れることをすべて失敗と捉えると、退職する人も残る人も、必要な話し合いができなくなります。
大切なのは、誰かが離れても事業が立ち行かなくならない仕組みです。一人しか知らない業務を減らす、情報を共有する、役割を定期的に見直す、意思決定の経緯を残す。こうした取り組みは、退職対策というより、組織を健全にするための基本です。属人的な頑張りに依存しすぎると、短期的には動いても、長期的には人が育ちにくくなります。
また、職員が意見を言える場を設けることも欠かせません。組織への不満をなくすことはできませんが、不満や違和感を改善の材料として扱うことはできます。すべての要望をそのまま実現する必要はありません。それでも、なぜできるのか、なぜ難しいのかを説明し、決めたことを振り返る。その積み重ねが、納得して働ける環境をつくります。
人材採用と組織づくりは、別々のテーマではありません。どのような人に来てほしいかは、どのような社会をつくりたいかによって決まります。そして、どのような社会をつくりたいかは、組織内で日々どのように人と関わるかに表れます。利用者や地域に希望を届けたいなら、働く人自身も、相談でき、学べて、役割を持ち、必要なら次の道を選べる組織であることが求められます。
結論:人を集めるのではなく、希望を実装する仲間との関係を育てる
社会起業における採用は、優秀な人材を集める競争ではありません。限られた条件の中で、必要な役割を見極め、理念を現場の判断に翻訳し、異なる人たちが協力できる関係をつくる仕事です。
読者の皆さんが採用や組織づくりを考えるときは、まず次の問いから始めてみてください。
・この採用によって、誰のどのような困りごとを減らしたいのか ・採用する人に、何を任せ、何を一人で背負わせないのか ・私たちの理念は、日々の判断として説明できるか ・応募者に、仕事の魅力だけでなく難しさも伝えているか ・入職後に質問し、学び、相談できる仕組みがあるか ・誰かが離れても、事業と関係性が続く状態になっているか
必要から事業をつくるということは、必要な人材を急いで集めることだけではありません。その必要を見つめ、役割を分け、対話し、続けられる形に整えることです。そこから生まれる組織が、福祉、子育て、住まい、親なきあとなど、複雑な社会課題に向き合う土台になります。
脇本泰志が著書や講演、社会起業の相談などでお伝えしているのも、理念を掲げるだけで終わらせず、現場で実装できる形にするという視点です。えんとかくの活動を含め、社会課題に関わる事業には、それぞれ異なる事情があります。採用や組織づくりに迷ったときは、一般的な成功例に当てはめるのではなく、自分たちが向き合う「必要」は何か、そこからどのような希望をつくりたいのかを、まず仲間と語り直してみてください。組織の未来は、求人を出す瞬間ではなく、問いを共有するところから始まります。
